大阪高等裁判所 平成3年(ネ)2891号 判決 1992年8月28日
主文
一、原判決を取り消す。
二、被控訴人は控訴人に対し、金二七七万〇五〇〇円及びこれに対する平成元年七月一八日から支払済みまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は、第一、第二審を通じ被控訴人の負担とする。
四、この判決の第二項は、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の申立て
一、控訴人
主文同旨
二、被控訴人
1. 本件控訴を棄却する。
2. 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二、当事者の主張及び証拠関係
当事者の主張及び証拠関係は、次の一及び二のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示第二及び第三記載のとおりであるから、これを引用する。
一、原判決二枚目裏三ないし四行目の「原告に負担する現在及び将来の債務」を「控訴人に対し現在及び将来負担する一切の債務」に改め、四行目末尾の「以下」の前に「その性質いかんはひとまずおき、」を加え、五枚目表一行目の「極度額を同額とする」を「右極度額と同額を限度額とする」に、二行目の「いうべきである。」を「いうべきであり、あるいは、信義則上保証責任の範囲は右と同額に制限されるべきであるから、右一二〇〇万円を越える本訴請求部分には被控訴人の保証人としての責任は及ばない。」に各改める。
二、(当審における主張)
1. 控訴人
仮に、本件保証が根抵当権の極度額一二〇〇万円を保証限度額とする限定根保証であるとしても、保証人と根抵当権設定者とが同一人で保証約定書と根抵当権設定契約証書とが同一機会に署名押印されたとはいえ、二つの文書は目的を全く異にする別個の文書であり、右の人的担保と物的担保とは累積的関係にあるから、控訴人が競売手続により根抵当権の極度額全額一二〇〇万円の配当を受けたからといって、被控訴人の保証人としての責任が消滅するわけではない。
2. 被控訴人
包括根保証契約と根抵当権設定契約とが同時に締結された場合には、明確な特約の存しない限り、一方の実行により回収された範囲で他方の被担保債務も減額されるという非累積的関係にあるというべきところ、本件ではそのような明確な特約は存しないし、更に、契約締結時の被控訴人の意識においては、本件保証と根抵当権は実質的に一体をなすものでありかつ限定された範囲の責任を負担するものとして考えられていたと解されるから、被控訴人が契約時に本件保証と根抵当権とを特に累積式のものとする意思を有していたということは、合理的な通常の意思解釈としてもありえない。
控訴人は、金融機関として社会通念に依拠した健全な取引慣行の維持発展に努めてしかるべき地位にあるところ、被控訴人からは既に根抵当権の実行によって一二〇〇万円を回収しているにもかかわらず、本件保証契約が文言上たまたま責任額の限定のないものであったことを奇貨として、訴外盛雄の単なる従業員にすぎなかった被控訴人に対し本訴を提起して更なる支払を要求してきたものであって、このような控訴人の被控訴人に対する対応は、自らの債権回収のためには手段を選ばず、債権回収においても当然に要求される社会通念上の節度を著しく逸脱する不当なものとして、到底是認されるべきものではない。
理由
一、請求原因1(一)、同2、同3の各事実についての当裁判所の認定判断は、原判決の理由第一項(五枚目裏九行目から六枚目裏一〇行目まで)説示のとおりであるから、これを引用する(但し、六枚目裏三行目冒頭の「できる」の次に「(なお、右手形貸付一〇〇〇万円中の五〇〇万円の弁済は、右各証拠によれば、昭和六三年七月一五日控訴人が右手形貸付による五〇〇万円の債権をもって訴外盛雄の控訴人に対する合計五〇〇万円の定期預金債権(元金)と相殺したことによるものであることが認められる。)」を加える。)。
二、そこで、請求原因1(二)(本件保証)の点について判断する。
1. 請求原因1(二)に関する当裁判所の事実認定は、次の(一)ないし(四)のとおり付加訂正するほか、原判決の理由第二項1(七枚目表二行目から一〇枚目表一〇行目まで)説示のとおりであるから、これを引用する。
(一) 原判決七枚目表二行目の「前掲甲第二号証」の前に「前記一認定事実に」を加え、同裏四ないし五行目の「連帯保証人を訴外土橋松平とする」を「訴外土橋松平を訴外盛雄が控訴人に対し現在及び将来負担する一切の債務についての連帯保証人(包括根保証人)とする」に、六行目の「原告から事業資金として」を「、控訴人から事業資金として前認定の請求原因3(一)のとおり、証書貸付の方法により」に、八枚目表七行目の「融資」を「追加融資」に、一〇行目ないし末行の「保証人を追加する」を「保証人を追加し担保物件を提供する」に各改める。
(二) 原判決八枚目裏二行目から九枚目裏二行目まで全部を次のとおり改める。
「(五) そこで、訴外盛雄は、同年三月に「セフティーライフ」の新規開業のチェーン店から一〇〇〇万円の支払を受ける目処があったため、被控訴人にその旨を説明して右借入れの保証人になり担保物件を提供してくれるよう懇願し、被控訴人は、右新規開業者に電話で入金の事実を確認したうえ、これを承諾した。
同年二月二五日、被控訴人は訴外盛雄とともに控訴人の北支店(当時天六支店)を訪れ、前記張本永次と面談した。張本が、席上両名に対し包括根保証の意味について一とおり説明したうえ、被控訴人に対し、訴外盛雄が控訴人との間の信用組合取引によって控訴人に対し現在及び将来負担する一切の債務について連帯保証(包括根保証)をする旨の条項を含む保証約定書に署名押印するよう求めたところ、訴外盛雄は、貸付額が八〇〇万円であるから保証も八〇〇万円の限定保証にしてほしいと要望したが、これに対し、張本は、前年九月の証書貸付一〇〇〇万円の残債務(元金)が八五〇万円残っていること(元金の分割返済金を五回分合計一五〇万円返済済み)及び訴外盛雄と控訴人との間の信用組合取引約定に基づく今後の取引もあることを説明して、これを拒絶し、八〇〇万円の追加融資の条件としてあくまで右包括根保証を要求した。被控訴人は、やむなくこれに応じ、右保証約定書に署名押印して本件保証をした。
(六) その際、同時に、被控訴人は、被控訴人が昭和六三年一月に新田隆幸から三〇〇〇万円で購入した昭和五四年二月新築のマンション(専有部分及び敷地権)について、訴外盛雄との信用組合取引によって控訴人が同人に対して取得する債権を被担保債権として極度額一二〇〇万円の根抵当権を設定する旨の根抵当権設定契約証書に署名押印した。右極度額の一二〇〇万円という額は、張本が、右極度額及び当時訴外盛雄が控訴人に担保として提供していた前記合計五〇〇万円の定期預金債権の合計額と前年九月の証書貸付一〇〇〇万円の残債務(元金)八五〇万円及び追加融資分の八〇〇万円の合計額とが見合うように決定したものであった。」
(三) 原判決九枚目裏五行目の「前記入金をまって」を「前記入金をもって」に改め、九行目の「同月二〇日に」の次に「前認定の請求原因2(一)のとおり手形貸付の方法により」を加え、一〇枚目表二ないし三行目の「不動産」を「前記マンション」に、三ないし四行目の「債権額一二〇〇万円」を「昭和六二年八月二六日付で債権額一二〇〇万円(損害金年一四パーセント)」に、四行目の「同年」を「昭和六三年」に、五ないし六行目の「右不動産は二八八〇万円で競落され」を「右マンションは二八八八万円で売却され」に各改める。
(四) 原判決一〇枚目表一〇行目全部を次のとおり改める。
「配当を受け(控訴人が平成元年七月一七日に一二〇〇万円の配当を受けたことは当事者間に争いがない。)、請求原因4記載のとおり右配当金を前記手形貸付及び証書貸付の残元金合計一二九〇万円に対する昭和六三年一〇月一日から右配当期日までの遅延損害金一八七万〇五〇〇円及び残元金の一部一〇一二万九五〇〇円に充当した。そして、なお二〇九万一六八三円の余剰が存した。
以上の事実が認められ、証人氏衛盛雄の証言及び被控訴人本人尋問の結果中、被控訴人が本件保証をするに至った経緯について右(五)後段認定の事実及び被控訴人がその際同時に被控訴人所有のマンションについて極度額一二〇〇万円の根抵当権を設定する旨の根抵当権設定契約証書に署名押印したこと(右(六)認定の事実)を否定するなど、右認定に反する部分は、その余の前掲各証拠に照らして到底信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。」
2. 右認定した事実によれば、被控訴人のなした本件保証は、昭和六三年二月二五日に訴外盛雄が控訴人から八〇〇万円の追加融資を受けるに際してなされたものではあるものの、控訴人主張のとおり、訴外盛雄が控訴人との間の信用組合取引によって控訴人に対し現在及び将来負担する一切の債務について連帯保証(すなわち保証期間及び保証限度額の定めのない包括根保証)をすることを約したものであることが明らかである(したがって、保証約定書は同日訴外盛雄が控訴人から借り入れた八〇〇万円の借入金債務(のみ)を保証するために作成されたものである旨の被控訴人の主張が理由のないことは明らかである。)ところ、被控訴人は、このような保証期間及び保証限度額の定めのない包括根保証条項を含む取引約定書は、主債務の増減・変動について熟知し得る者の保証に限って利用するのが今日の銀行実務の在り方であって、右保証約定書が差し入れられた同じ日に控訴人が被控訴人との間で極度額を一二〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結していることに照らせば、控訴人・被控訴人間の前記保証についても右極度額と同額を限度額とする旨の黙示の合意があったものというべきであり、あるいは、信義則上保証責任の範囲は右と同額に制限されるべきであるから、右一二〇〇万円を越える本訴請求部分には被控訴人の保証人としての責任は及ばないと主張する。
確かに、本件のような包括根保証契約については、保証契約のなされた事情、取引の実情等から保証責任の限度額についての当事者の意思を合理的に推認しうる場合には、その契約の意思解釈として保証責任の限度額の定めがあったものと解されるし、また、保証契約のなされた事情、主たる債務者と保証人との関係、保証契約締結に当たり保証人が主債務額として予測していた額ないしは当事者が予測すべき客観的に相当な額等、諸般の事情を総合考慮して、保証人に主債務の全額につき責任を負わせることが信義則に照らして不合理であると認められる場合には、保証人の責任を合理的な範囲に制限するのが相当である。
しかしながら、本件においては、前示認定事実によれば、被控訴人は、昭和五七年に訴外盛雄と離婚して数年間音信を断った後、本件保証をする約一か月前から訴外盛雄の従業員として仕入業務、在庫管理及び商品選定等の仕事に従事していた者であって、訴外盛雄の事業の経理関係に携わっていたとまでは認められないものの、昭和六三年二月二五日、被控訴人が訴外盛雄とともに控訴人の北支店(当時天六支店)を訪れて控訴人の担当者張本永次と面談した際、張本が、席上両名に対し包括根保証の意味について一とおり説明したうえ、被控訴人に対し、訴外盛雄が控訴人との間の信用組合取引によって控訴人に対し現在及び将来負担する一切の債務について連帯保証(包括根保証)をする旨の条項を含む保証約定書に署名押印するよう求めたところ、訴外盛雄は、貸付額が八〇〇万円であるから保証も八〇〇万円の限定保証にしてほしいと要望したが、これに対し、張本は、前年九月の証書貸付一〇〇〇万円の残債務(元金)が八五〇万円残っていること及び訴外盛雄と控訴人との間の信用組合取引約定に基づく今後の取引もあることを説明して、これを拒絶し、八〇〇万円の追加融資の条件としてあくまで右包括根保証を要求したので、被控訴人はやむなくこれに応じ右保証約定書に署名押印して本件保証をしたというのであって、これによれば、被控訴人は、既に訴外盛雄が被控訴人から一〇〇〇万円の証書貸付を受けていてその残債務(元金)が八五〇万円あり、そのうえに八〇〇万円の追加融資を受けるものであり、これらの債務、及び訴外盛雄が控訴人との間の信用組合取引によって将来負担することあるべき債務を連帯保証するものであることを十分認識したうえで、本件保証をしたものといわざるをえず、そして、右八〇〇万円の完済後に訴外盛雄が新たに控訴人から借り受けた一〇〇〇万円の手形貸付分も、保証人たる被控訴人が予測していた額ないしは当事者が予測すべき客観的に相当な額の範囲を出ないというべきであるから、被控訴人は、少なくとも、本訴請求にかかる証書貸付分の残債務及び手形貸付の一〇〇〇万円については、遅延損害金を含め全額について保証人としての責任を負うというべきであって、本件保証と同時に締結された被控訴人所有マンションについての根抵当権設定契約について、張本が、当該極度額及び当時訴外盛雄が控訴人に担保として提供していた前記合計五〇〇万円の定期預金債権の合計額と右証書貸付一〇〇〇万円の残債務(元金)八五〇万円及び追加融資分の八〇〇万円の合計額とが見合うように、その極度額を一二〇〇万円と決定したものであるとの一事をもって、本件保証契約の意思解釈として右極度額と同額を保証責任の限度額とする旨の定め(黙示の合意)があったものと推認することはできず、また、被控訴人に主債務の全額につき責任を負わせることが信義則に照らして不合理であるとも認められないから、被控訴人の保証人としての責任が右極度額の一二〇〇万円に制限されるということはできない(被控訴人所有のマンションは、実際には後の競売手続において二八八八万円で売却されたものではあるが、被控訴人が昭和六三年一月に前所有者から三〇〇〇万円で購入した昭和五四年二月新築の中古マンションであって、将来の競売手続において必ず右購入価格に近い価格で売却できるという保証があったとは認められないこと、先順位に昭和六二年八月二六日付で債権額一二〇〇万円(損害金年一四パーセント)の一番抵当権が設定されていたことに照らせば、本件保証及び根抵当権設定契約締結の当時、右マンションが右極度額を越える担保価値があったとまでは言い難い。なお、右根抵当権設定契約証書(甲第七号証)によれば、一二条一項において、根抵当権設定者(被控訴人)は根抵当権の被担保債務について極度額を限度として連帯保証債務を負う旨定められているが、同時に、同条三項において、根抵当権設定者が債務者(訴外盛雄)と控訴人との取引について他に保証をしている場合には、その保証債務はこの保証契約によって変更されないものとし、また、他に限度額の定めのある保証をしている場合には、その保証限度額にこの保証の額を加えるものとし、根抵当権設定者が債務者と控訴人との取引について将来他に証書をした場合も同様とする旨定められているから、右一項の規定は、何ら本件保証の責任制限の証拠となるものではない。)。
したがって、前記被控訴人の主張は採用することができない。
なお、被控訴人は、控訴人の被控訴人に対する対応は、自らの債権回収のためには手段を選ばず、債権回収においても当然に要求される社会通念上の節度を著しく逸脱する不当なものとして到底是認されるべきものではないなどと主張して、あたかも、控訴人が被控訴人に対して本訴請求をすることは権利の濫用に該当し、あるいは信義則に反するから許されない旨主張するかのようであるが、前認定の本件事実関係のもとでは、本訴請求が権利の濫用に該当し、あるいは信義則に反するものといえないことは明らかである。
三、以上によれば、被控訴人に対し、前記証書貸付及び手形貸付による残債権につき前示のとおり競売の配当金を充当した後の残元金二七七万〇五〇〇円及びこれに対する配当期日の翌日である平成元年七月一八日から支払済みまで年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の請求は、理由があるからこれを認容すべきものといわなければならない。
よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当でないから控訴人の本件控訴に基づきこれを取り消したうえ、本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。